谷川岳 幽ノ沢 中央壁左方ルンゼ

東出L、内田(文責)
まだ夜も明けきらぬ午前4時過ぎ。満点の星空の下、シーズン初の本ちゃんルートへいざ出発。昨夜は、わずか2~3時間ほどの短い時間であったが、非常によく眠れた。アプローチの足取りも軽く、ひたすら歩く。今年は、だいぶ残雪が多く、カールボーデンの取り付きまで、アイゼンを着用した。2時間ほどで、カールボーデン下の取り付き点に到着。さっそくにガチャ類をつけて登攀開始。小気味いいほどにフリクションが効くスラブ状の岩場を数ピッチ詰め、上へ上へと向かう。ところどころ濡れていて嫌らしいところもあったが、岩場の状態はgood。体調もよし。そして何よりも天気がよかった。文句のつけどころのない快適そのものの登攀だ。陽光に照らし出され、岩の白さが眩く感じる。今までは、幽ノ沢というとなにか暗いイメージを受けることが多かったが、そんな思いもどこへやら、はじめての幽ノ沢は心やさしく迎えてくれたのであった。
4~5ピッチ登ったろうか。核心部の急傾斜のフェース下まできた。上方を眺めるとだいぶ濡れていて、ホールドも心細そうだ。ルート図にグレード?級、A1と書いてあったので、念のためアブミを準備する。リーダが先発するものの、なかなか苦労している模様。下から見ていてもその苦闘ぶりがよっくわかる。正直、”ヤバイ”と思った。もちろん、リーダが落ちる”ヤバイ”ではなく、自分自身がここを抜けられるかどうかに対する”ヤバイ”だ。初心者の自分にとっては、”リーダが苦労する=自分は登れない”の図式が自然と頭に浮かんでしまうのだ。心から岩登りを楽しめない初心者の悲しい性がここにある。フェースの左方を数メートル直上し、右に3メートル程トラバースするのだが、この右へのトラバースが難しかった。フェース全体が濡れていて、なおかつホールドも小さい。幅2センチ程のホールドに左足をのせ、そこに体重をかけた状態で右足をその先のホールドに乗せればいい。頭の中では、理解しているのだが、なかなか体が動かない。ほんのワンムーブなのだが、緊張してしまい臆病になってしまった。行くぞ、行くぞと自分自身を叱咤激励し、意を決して踏み込んだ。
なんとか核心部を無事こえることができたわけだが、登攀が終了して冷静になり、あらためてルート全体を振り返ったとき、このピッチだけが妙に印象に残った。岩場に接しているときの恐怖心などはとうに忘れ去り、やけに面白く感じてしまうから不思議だ。”喉元過ぎれば熱さを忘れる”という諺があるが、人とは面白いものだと痛感した。終了点からは、稜線に向かって所々雪渓の残った草付き帯をつめ、堅炭尾根を下った。途中、雨が降り始めた。最初は、ポツリポツリと小降りだったのが、やがてはそれが雷雨にかわり、出合の駐車場に着くころにはびっしょりと全身が濡れていた。登攀した後の火照った体も、ようやくに落ち着きを取り戻し、下界へと帰った。

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