谷川岳 幽ノ沢~石楠花尾根

広島大樹(記録)、江原 純、丹波泰三

水上のインターを降りたら、雨で路面が濡れていた。なまじ空気も暖かいので、たぶん谷川も雨だろうと思っていたが、土合駅を過ぎたあたりから、みぞれに変わる。明日は全国的に晴れだというのに、谷川の天気だけはいつも当てが外れる。登山指導センターでは、先客が睡眠中なので、晩酌は軽く済ませ、明日の登攀に控えて早々に寝た。

3/16

3時半に起床して、急いで食事と準備を済ませ、4時半に出発した。幽ノ沢の出合いまでに、いくつもの雪崩の跡を乗っ越しながら雪崩の様子を観察するが、ほとんどが全層雪崩で、今年の異常気象を物語っていた。幽ノ沢の出合いにある大岩を少し過ぎた所から、展望台の手前で広い尾根に向って右上する赤布が確認できた。これは、2月下旬に中央稜を登攀した次の日に、われわれがノコ沢大氷柱のアプローチの偵察を兼ねて、次回夜間にアプローチした時に道を間違えないように木の枝にくくりつけたものである。しかし今回、石楠花尾根のアプローチには展望台を越えて石楠花尾根の末端から取り付いた。実際に石楠花尾根を登ってみて、大氷柱のアプローチには、地形が明瞭な石楠花尾根経由の方が楽なように思われた。

しばらくブッシュ交じりの斜面を登ると、右手に大氷柱が見え始める。眺めの良い地点で休憩を取り、江原と丹波の3人で暫し見とれていた。暖冬で例年よりも暖かく、雪の少ない気象状況にも関わらず、青々と美しく、立派な姿だった。ブッシュ交じりの尾根がかなり急になった所から、スカスカ氷の浅いルンゼがかなり上の方までつづいている。きっと大氷柱もこんな感じなんだろうななどと考えながら、急な斜面をダブルアックスでひたすら登った。支点がほとんど取れずかなりランナウトする。ブッシュの小枝を集めて支点を作るが、ほとんど無意味に思われた。ホキホキいいながら50mほど登ると結構太い潅木があったので、そこでピッチを切った。

そこから10mほど急な雪壁を登ると岩稜帯になり、3級ぐらいの岩場が出てきたので、取り付きで小枝にシュリンゲ巻きつけた支点に、さらにクラックにキャメロットをかまして、これからのランナウトに備えた。登攀自体は大して難しくはないのだが、十分な支点がほとんど取れないのでかなり緊張させられた。40mぐらいで馬の背のような所に出て、残置のハーケンが一本あったのでここでピッチを切った。この場所は、大人二人が馬の鞍にまたがるように座れる程度のスペースしかなかった。次のピッチは、15mほど急峻なブッシュ交じりの岩稜帯の後に、45mぐらいの紙切れのように鋭く、かなり恐ろしげなナイフエッジがその先に続いている。ナイフエッジの途中では支点がほとんど取れそうに無いので、ナイフエッジの手前でビレイ支点を作ろうと必死になって、雪を掘り起こしながら潅木や岩を探した。30cmぐらい雪を掘ると、その下に小さなピナクルストーンが出てきたので、それにシュリンゲを巻き付け、さらに木の枝で補強して支点を作った。ぶら下がって大丈夫なのを確認してはいたが、一応念のためにフォローの丹波には絶対に落ちないように釘をさしておいた。緊張しているせいか、かなり動きに精彩をかいているが、ゆっくりと着実に登ってきている。その間に、次にどうするかを考えていた。

幅が50cm弱しかないナイフエッジに、二人並んでいられるスペースなど無く、一段下で丹波を待機させるしかない。それも一人。とりあえず、丹波だけを私の所まで来させて、私をシングルロープでビレイしてもらい、さらにもう1ピッチ進むことにした。その先のナイフエッジはさらに細いので、最初は馬乗りになって目の前の雪を払い落としながら、両太ももの内筋でナイフエッジをしっかりとらえてゆっくり進んでいたが、時間がかかりすぎるので、半分立ち上がって進んだ。30m程進むと、稜線の右斜面に潅木が何本かあったので、急な斜面をトラバースして潅木で支点を作ってピッチを切った。江原は、僕が居る地点より2ピッチ下にいるので、まずは真ん中に居る丹波に江原のフォローをビレイしてもらい、江原が丹波の所に来たら今度は、丹波が僕と江原の両方に前後からビレイされて、僕のところまでフォローするという方法をとった。丹波と江原も順調にナイフエッジを越えた。後は、ロアーダウンと懸垂で8mほど下って、急な雪壁に取り付いた。傾斜は70度ぐらいだろうか、落ちたらどうせ止めることが出来ないので、ザイルをしまい、ダブルダガーポジションで最後の150mの雪壁をひたすら登った。

堅炭尾根に出たら、時間は4時をまわっていた。βルンゼの入口がすぐに見つかれば何とかその日の内に下山も出来ただろうが、探している間に日が暮れそうだったので、尾根上の平らなところでビバークすることにした。厳冬期じゃないから寒さも大したことないだろうと高をくくっていたが、いやはや3人ともほとんど寝られず、夜中に何度もコンロに火をつけるという始末だった。

3/17

翌朝は、明るくなり始めてすぐにテントを出発した。βルンゼの取り付きを探すのに少々手間取ったが、残置のリングボルトが数本あったのでそれと確認できた。2ピッチ懸垂してあとはザイルをしまい、急な斜面をクライムダウンぎみに下降した。石楠花尾根の上部には、登攀中のパーティーがいる。下から眺めると結構急で死ねるルートだ。次は大氷柱か左方ルンゼか。夢も気持ちもますますふくらむ。

 

 


広島大樹、江原 純(記録)、丹波泰三

15日(金)
今週は自宅の車を使えるので22:30西浦和集合とした。関越を走っている間は星が見えていたのに水上に入ると雨になった。全く本当に天気の悪いところだ・・・。1:00頃センター到着。既に3パーティーほどが就寝中。軽く乾杯して1:30頃就寝。

16日(土)
3:30起床。4:30出発。夜中の雨は湿った雪に変わっていた。デブリが高々と堆積した一ノ倉出合で夜が明けた。今週は暖かかったので出合付近でも随分雪崩たようだ。○○幽ノ沢出合着。トレースが無くスネ程度のラッセルとなる。展望台経由で登るうちに雪がやみ幽ノ沢が見渡せるようになった。8:15登攀開始。

正面やや右のヤブに覆われた凹状からフリーで取付く。下降時に横切るノコ沢上部のクレバスが気になるが氷で覆われた笹の斜面の登高が面白くすぐに下りのことまでは頭がまわらなくなった・・・。尾根上に出るとヤブはなくなりP1の岩場が正面に見える。雪の斜面にポツンと立っている岳樺(?)のところでアンザイレンした。

1P目40㍍程度。岩場を目指して雪の斜面を登り、その岩場をV字状岸壁側(左側)から登って尾根上に出る。尾根上にいるときはそうでもないが側面に出ると高度感があった。徐々に晴れ間が広がり白髪門や滝沢スラブが見渡せる好天になった。
2P目30㍍程度。短い雪のリッジを過ぎ小さなピナクルをノコ沢側から巻くとP2とP3のコルに出る。さほどの距離でもないのにトップとの間にコールが通らず意思疎通に時間がかかってしまった。堅炭尾根の方にこだまさせるようにしてようやく声が届いたが、こんなことでトップに気を使わせてはいけないと思った。ノコ沢側からコルに出るところのスタンスが小さく緊張した。コルは狭く3P目は雪を崩して尾根上に馬乗りになってビレイをすることになった。
3P目、コルからP3の頭まで。P3直下は傾斜の強い岩交じりの草付。草付に刺したバイルは効いているのに足元の高度感が気になりなかなか思い切れなかった。やっと掴んだ手首くらいの太さの潅木は気持ち良く折れホントに落ちるかと思った。ビレイ点は岩角にかけたシュリンゲと心細い潅木で「絶対に落ちるな」というリーダーの指示が出ていたのでなおさら焦った。
4P目。P3から水平のナイフリッジを20㍍そのあとノコ沢側に10㍍ほど下降した。僕は三番手だったのでリッジ上に大分トレースがついていたが最初は本当にナイフのようにとがっていて緊張したとのこと。20㍍ほど進んだところに雪から顔を覗かせた心細い(ホントに細い)潅木がありここを支点にノコ沢側に降りた。ナイフリッジをそのまま進むのが正しいのだろうがその先は支点を作れそうになく緊張に耐えられずに降りてしまったという方が正しいかも知れない。

降りたところでザイルをしまいダブルアックスで雪壁を100㍍ほど登ると堅炭尾根に合流して終了した。慎重に動けば何でもないところだが膝頭がつかえるような急傾斜で基本的には危険なところだと思う。17:45終了。これといった理由は思い当たらないのだが思いの他時間がかかってしまった。既に太陽は国境稜線の向こうに落ちあたりは薄暗くなりつつある。βルンゼの下降点がすぐに見つからない場合には堅炭尾根上でビバークとすることとして下降点を探しながら下り始める。が、結局βルンゼを特定できず18:00ビバークと決める。食料はたっぷりあったのだが酒がなく寂しい思いをする。

17日(日)
風のない穏やかな夜だったが雪面から底冷えがして寒かった。交代で誰かが目を覚ましているような状態だったので全員が目を覚ましたときにはコンロをつけて暖まった。が、それでも寒さに耐えられず早くも3時過ぎには起き出してしまった。
日が昇ると今日も快晴!太陽に釣られて気分も盛り上がって元気が出てきた。太陽の影響力と自分の単純さを改めて実感させられた。βルンゼの下降点は思っていたよりも下の方だった。ルンゼというだけあってその終了点は岩峰と岩峰の間に2㍍ほどの幅で小さく顔を覗かせていた。気をつけていれば堅炭尾根上のルートからも見えるだろう。
日光をためた明るい幽ノ沢へ懸垂2回。そのあとトラバースするように石楠花尾根の取付点まで戻った。βルンゼとノコ沢の合流するあたりが雪壁と言えるくらいの急傾斜でクライムダウンにやや緊張した。取付点でホッとすると春山のような暖かさでもうヤッケは着ていられなかった。ヤッケを脱ぎ腐り始めた雪に足を取られながら出合へと下っていった。


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