湯河原幕岩 事故報告

■日時
4月10日(日)

■場所
湯河原幕岩

■メンバー
田名網、飯田、米田、熊田、山崎

■目的
フリークライミング

■事故の概要
湯河原幕岩正面壁のNo1ルートをクライマー田名網、ビレイヤー飯田にてリード登攀。登攀後のロアーダウン中、地面まで約10m地点でロープ長が足りずビレイヤーの確保器からロープがすっぽ抜け、クライマーのグランドフォールとなった。

■事故当日の経緯
7:00 神奈川県横浜市日吉駅にて集合
8:30 幕山公園駐車場に到着
9:00 正面壁エリアに到着
9:30 No1ルートを登攀開始
10:00 ルートをトップアウト後、ロアーダウン中にグランドフォール事故発生
10:10 自力歩行で下山開始。下山中、救急車を手配。
10:30 幕山公園駐車場に到着
10:40 救急車が到着。小田原市民病院へ搬送
11:00 会代表へ事故発生の第一報
11:20 小田原市民病院に到着
13:30 レントゲン、CT検査
14:00 負傷者と共に車で帰宅
15:00 小田原にて食事
19:00 負傷者を自宅に送り届けた後、解散

■事故発生時の状況
ルート中間のテラス地点から4〜5m下がった地点でビレイヤーの確保器からロープがすっぽ抜ける。クライマーは草藪地点に背中から落下。そのまま土と岩を含む緩傾斜、段差を転がりながら落下し、ビレイヤー位置より下の地面にて停止した。

■事故発生後の状況
クライマーが地面に転がり落ちた後、すぐにビレイヤーを見て「ウソでしょ!?」という。純粋にこの状況が信じられないという表情であったが意識は落下直後でもはっきりしていた。
すぐに駆け寄り、安静な体勢にする。
周囲の人から「救急車呼びますか?」と声が掛かるがまずは様子を見る。
容態を伺うと、右首筋から右肩を激しく打ち身。右足の踵に鈍痛が走っているが折れているかどうかの判断はつかない。
額に擦り傷はあるが頭を打った様子はなく、意識は明瞭に見える。
足、腕、手先に多数擦り傷はあるが激しい裂傷はなく出血も殆どない。
靴を脱がせて荷物のある場所に負傷者を移動。再度、様子を見る。
意識がはっきりしていて、左足なら歩行可能ということで、まずは駐車場まで自力歩行にて下山してもらうことに。
飯田、熊田の付き添いで杖と肩で下山。
付近の整形外科に連絡して状況を説明。事故の規模から総合病院にて救急扱いの対応を推奨される。救急車を手配。
20分ほど掛けて自力下山後は駐車場のベンチにて横になってもらい救急車を待つ。10分後に救急車が来て小田原市民病院に搬送。
病院でのレントゲン、CTスキャンの結果では頭部、内臓に異常は見られず。足踵については後日、都内での検査を推奨されこの日は帰宅。

No1ルートの全長は34〜35m。クライマーは中間テラスから4〜5m下がった地点から落下。落下地点が緩傾斜の草藪であった為、10mの滑落でも一命を取り留めた。

No1ルートの全長は34〜35m。クライマーは中間テラスから4〜5m下がった地点から落下。落下地点が緩傾斜の草藪であった為、10mの滑落でも一命を取り留めた。

■事故の考察
・事故の直接的要因
湯河原幕岩正面壁にあるNo1ルートはロープスケールで34〜35mある。
(ビレイヤーは事故発生まで28〜29mだと思っていた)
通常は50mロープで2pに分けるか、ダブルロープで登攀するのが一般的である。
今回は60mロープで1p登攀し、結果ロープスケールがロアーダウン中の残り10m地点で足りなくなり「すっぽ抜け」が発生した為、クライマーは無抵抗で滑落することとなった。

・事故の間接的要因
今回、クライマーにNo1ルートの60m1p登攀を勧めたのはビレイヤーである。
ビレイヤーは過去数回、No1ルートを登攀している。そのうち前回の登攀時には60mロープを使用して1p登攀を行っていた。ビレイヤーの記憶では60mロープにて同ルートはロアーダウン可能なルートとなっていた。
ロープスケールが足りるという思い込みからビレイヤーはロープの末端処理を施すこともなく、ロアーダウン中でもロープ残を確認していなかった。
尚、ビレイヤーがビレイ中は他メンバーは他ルートを登攀中、あるいは写真撮影の為離れた場所におり、ビレイヤーの周囲に状況確認できるものは他にいなかった。

■事故における反省点
・基本手順における反省点
まず第一に末端処理を必ず行うという基本手順を守っていなかった。末端処理は保険であり正しく行ってさえいれば、今回のようなミスが発生した際でも最悪の事故を食い止めそこからのリカバリーは可能だったはずである。
併せてロープ残を目視確認するという基本作業さえも今回は怠っていた。末端処理、ロープ残の目視確認、今回の事故は二つの防止策をスルーしてしまったことの結果である。
また今回、クライマー、ビレイヤー共にヘルメットをしていなかった。今回のような滑落でクライマーの頭部が無事であったことは奇跡というほかはないが、頭部からの墜落で致命的な結果を招くことは充分にありえた。その損傷を防ぐ為にヘルメットは必要である。

・ビレイヤーの思い込みについて
ビレイヤーが前回No1ルートを登攀時に60mロープで地面までロアーダウンしたという記憶は思い違いであった可能性が高い。
もしも本当に「前回、60mで足りてしまった」としたら、その要因は何か?
前回ロープと今回ロープはロープスケールは同じ60mロープではあるがロープの伸縮率は前回ロープの方が高い。また前回登攀時はルート下部でランナーを全く取っていなかったが、今回は右側に屈曲するかたちでランナーを取っている。前回はクライマーがロアーダウン中に常にテンションをかけ続けていたと(という記憶)があるが、今回は中間テラスにて一度テンションが抜けている。(ロープの伸びがなくなっている)
しかし以上の起因があったとしてもロープスケールに約10mの差がつくとは考えにくい。ビレイヤーが記憶違いしていた前回の下降時は実際には地面までロアーダウンではなく、中間テラスから懸垂下降に切り替えて下降していたはずである。前回、ビレイをしていたメンバーも60mで地面までロアーダウン出来ていたという記憶ではあったが、客観的事実から両名ともに思い違いであると言わざるをえない。ルートにおいて記憶を当てに盲信してしまうことは非常に危険であるという結果になった。

IMG_6662

上が前回ロープ。下が今回ロープ。長さだけ比較してみると今回ロープの方が1m程長いという結果だった。

■負傷者の現況
都内整形外科でのCT結果では踵に小さなヒビの可能性があるが、ギブス固定は必要なく自然治癒にまかせるとの診断結果となった。
クライマーは今、ギブスなしで靴を履き、左手にトレッキングポールをついて歩行している。(二日後、トレッキングポールも必要なくなった)

■事故の総括
事故の規模から考えると負傷者が致命的な事態に陥らず軽傷で済んだことは非常に幸運であった。
事故発生の数日前、今回事故を起こしたビレイヤーはメンバーのグループチャットでこんな発言をしていた。
「ミスをすれば死ぬ。そういうことを我々はやっている」
今回の事故で、この言葉は発言したビレイヤー自身に重く跳ね返ってきた。
自然要因が強いアルパインクライミングと比較してフリークライミングでの事故というのは人為的要因が殆どである。
改めて「我々の遊び」は無数の危険の上に成り立っていることを痛感するばかりである。
その安全と危険はほんの薄皮一枚で隔てられているにすぎない。
無事、生きてくれていたクライマーには心から謝罪と感謝の意を申し上げたい。

平成28年4月
東京緑山岳会
飯田佳秀


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  1. 事故を起こしたこと自体は残念ですが、事実隠蔽することなく、保身や言い訳にも回ることなく、公開している姿勢にはさすが、老舗の貫録を感じました。

    • Kinnyさん、コメント有難う御座います。
      我々も事故を起こしてしまったことは非常に残念です。
      お恥ずかしい事故内容ですが、当事者から詳細を公開することで、(ただでさえ事故が多い)湯河原での今後の事故防止にほんの少しでも約に立てば・・・と思っております。